#0130) PARANOID & SUNBURNT / SKUNK ANANSIE 【1995年リリース】

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SKUNK ANANSIE〔スカンク・アナンシー〕というバンドを知った切っ掛けは、たぶん洋楽雑誌の「MUSIC LIFE」だったと記憶している。


今回取り上げる1stアルバムの「PARANOID & SUNBURNT」がリリースされたのは1995年である。


1995年と言えば、SKUNK ANANSIEの本国・英国ではBLUR〔ブラー〕の「THE GREAT ESCAPE」とOASIS〔オアシス〕の「(WHAT'S THE STORY) MORNING GLORY?」がリリースさた年であり、「BLUR vs. OASIS」の構図を軸にしたブリットポップ・ムーヴメントが勃発していた時期と重なる。


米国から押し寄せるグランジ/オルタナティヴ・ロックへの反動として、英国全体がクール・ブリタニアを標榜したいた時代に、見た目からしブリットポップの欠片もない無いSKUNK ANANSIEの登場はかなりの異端であった。


何しろ眼光鋭いスキンヘッドの女性がフロントに立ち、厳つい男達を従えているこのバンドのヴィジュアルは、ちょっと腰が引けてしまうほどの恐ろしさを感じたものである。


SKUNK ANANSIEが1stアルバムの「PARANOID & SUNBURNT」をリリースした1995年当時はインターネットで簡単に音源を試聴できるような時代ではないので(漸くWindows 95がリリースされた年である)、筆者は一方的に、「きっと、このフロントの女性が聴衆をアジテートするだけで、音楽的には面白みの無いバンドだろう」と思い込んでいた。


ところが、深夜番組(当時の筆者は既に働いていたので金曜か土曜に放送されていた番組だと思う)で、シングル"Selling Jesus"のミュージック・ヴィデオを観て、筆者の一方的な思い込みが間違っていたことを知った。


こういう言い方はSKUNK ANANSIEに対して失礼なのかもしれないが、かなり真っ当なヘヴィ・ロックを聴かせてくれる音楽的に優れたバンドだったのである。


この時代、というか1980年代以降、ヘヴィ・ロック系アーティストは英国よりも米国から多く登場するようになったが、SKUNK ANANSIEの音は米国のヘヴィ・ロック系アーティストに引けを取らないクオリティを持っていた。


そして、やはり、スキンヘッドの女性シンガー、Skin〔スキン〕の圧倒的な存在感の凄さだ。


ヘヴィ・ロック系の女性シンガーと言えば激烈に咆哮する印象があるが、Skinの場合は咆哮する場面もありつつ、印象的なメロディを歌える卓越したシンガーなのである。


2000年代以降、女性シンガーを配したヘヴィ・ロック・バンドの登場が増えたが、筆者の中では歌の面でも存在感の面でもSkinよりインパクトのある人には出会えていない。


Skinという女性はスキンヘッドのインパクトが強すぎるので、そこに目が行きがちなのだが、冷静に見ると非常に端正な顔立ちをしており、その端正な顔立ちがアフリカにルーツを持つ民族固有の褐色の肌と相まって実にクールなヴィジュアルの持ち主でもある。


髪を長く伸ばせばかなりの美形になるはずなので、そうすることにより多くの男性ファンを獲得できると思うのだが、そういうことをしないところがこの人のカッコ良さなのだろう。

 

#0129) ESPECIALLY FOR YOU / THE SMITHEREENS 【1986年リリース】

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一ヶ月ほど前にTHE BEATLESザ・ビートルズ〕から大きな影響を受けているバンドの一つとしてTEENAGE FANCLUBティーンエイジ・ファンクラブ〕を取り上げたのだが、その後少し経ってから、大切なバンドを忘れていたことを思い出した。


そのバンドはTHE SMITHEREENS〔ザ・スミザリーンズ〕であり、今回は彼らの1stアルバム「ESPECIALLY FOR YOU」を取り上げてみる。


あのBON JOVIボン・ジョヴィ〕やBruce Springsteenブルース・スプリングスティーン〕と同じニュージャージー出身のバンドだ。


しかし、上記した大物とは違い、はっきり言って地味なバンドである。


昨年の2017年12月にこのバンドのメイン・ソングライターだったPat DiNizio〔パット・ディニジオ〕が62歳という若さで他界したので、その追悼の意味も込めてTHE SMITHEREENSを取り上げてみたくなった。


THE SMITHEREENSは、このブログで取り上げたロック・バンドの中ではTHE HOUSEMARTINS〔ザ・ハウスマーティンズ〕と並ぶ地味な存在なのではないだろうか。


THE SMITHEREENSをご存じない方は、ぜひ、インターネットで検索してこのバンドの写真をご覧頂きたい。


なんとも言えない気の良さそうなオジサン4人組の写真を見て、多くの人は「ほっこり」とした気分になれるのではないだろうか。


Pat DiNizioは1955年生まれなので、THE SMITHEREENSがこの1stアルバム「ESPECIALLY FOR YOU」をリリースした1986年には既に31歳になっていた。


このバンドは下積みが長かったわけだ。


このバンドをどこで見つけたのか全く憶えていないのだが、それほど期待せずにこのアルバムを買ったことだけは明確に憶えている。


そんな期待値の低い状態で購入したこのアルバムの一曲目、 "Strangers When We Meet"が再生された直後、「ごめんななさい」という気分にさせられた。


何とも切なく、胸を締め付けられるような極上のメロディに完全にやられてしまったのである。


所謂パワー・ポップというジャンルに分類される音楽性だと思うのだが、パワー・ポップ系の曲調にありがちな甘くなりすぎる傾向がこのバンドには無い。


ロック・バンドとしてのエッジも残したまま、ポップだけど甘くなり過ぎないメロディとコーラス、そして、飾り気がなく切れ味のあるアレンジが絶妙なのである。


パワー・ポップというくらいなので、ポップなだけではパワー・ポップにはならない。


ロックらしいパワーがあってこそのパワー・ポップなはずだ。


THE SMITHEREENSというバンドは、正にそれを満たしたバンドなのである。


アルバム毎に音楽性を大きく変えるバンドではないので、どのアルバムから聴き始めてもTHE SMITHEREENSというバンドを楽しむことが出来るのだが、やはり1stアルバムらしい瑞々しさが溢れる「ESPECIALLY FOR YOU」から聴くことをお薦めしたい。


冒頭で、「THE BEATLESから大きな影響を受けているバンド」と書いたが、彼らの作る曲はそれほどTHE BEATLESに似ているわけではない。


このバンドはTHE BEATLESっぽいことをやりたい時は躊躇なくTHE BEATLESの曲をカヴァーしている。


それも、THE BEATLESの曲のカヴァーのみが収録されているアルバムをリリースするという潔さだ。


「MEET THE SMITHEREENS!」、「B-SIDES THE BEATLES」という2枚がそれにあたるのだが、これらのアルバムを聴くとTHE SMITHEREENSの凄さ...ではなく、THE BEATLESの凄さを改めて知ることが出来るのが面白い。


THE SMITHEREENS自身も、きっとそれが目的だったのだろう。

 

 

#0128) COLOUR BY NUMBERS / CULTURE CLUB 【1983年リリース】

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筆者が洋楽を聴き始めた1980年代初期において、女子から最も人気の高かった洋楽アーティストは間違いなくDURAN DURANデュラン・デュラン〕である。


これは、もう圧勝と言えるくらい、ダントツの1位だったのである。


DURAN DURANはメンバー全員が奇跡的なくらい美形揃いだったので、女子からの人気が高かったのは当たり前と言えば当たり前の話である。


そして、そのDURAN DURANの人気の牙城に迫れる唯一のアーティストがCULTURE CLUBカルチャー・クラブ〕だった。


本国の英国ではDURAN DURANのライバルはSPANDAU BALLETスパンダー・バレエ〕ということになっているらしいが、日本でのDURAN DURANのライバルは間違いなくCULTURE CLUBだった。


この時代に登場したアイドル性の高いポップ・ロック系のアーティストの殆どが高い音楽性兼ね備えていたのだが、その中でも全盛期のCULTURE CLUBの楽曲の質の高さは群を抜いていた。


今回はCULTURE CLUBの2ndアルバム「COLOUR BY NUMBERS」を取り上げてみる。


よく、「全曲シングル・カット出来るアルバム」という表現が使われるが、このアルバムが正にそれなのである。


収録されているのは全10曲なのだが、何も考えずにランダムに1曲選んでシングル・カットしたとしてもヒット曲になったはずだ。


このアルバムは"Karma Chameleon (カーマは気まぐれ)"だけのアルバムではないのだ。


当時の日本盤には、全英3位、全米2位のヒット・シングル"Time (Clock Of The Heart)"がボーナス・トラックとして収録されていたのだから、もう手に負えないレベルのクオリティの高い楽曲集となっていたのである。


1stアルバムの「KISSING TO BE CLEVER」はレゲエ、ダブ、ラテン等のフレイヴァ―を散りばめたダンス・ミュージックだったのだが、この2ndアルバムの「COLOUR BY NUMBERS」はモータウンやソウル・ミュージックからの影響が色濃く出た、とことんメロディに拘ったヴォーカル・アルバムになっている。


そして、このバンドの凄かったところはヒット性の高いポップ・ミュージックをやりながらも、攻撃的な姿勢を持っていたところだ。


あえてそうしたらしいのだが、メンバー構成が実に面白い。


シンガーのBoy George〔ボーイ・ジョージ〕がアイリッシュ系、ドラマーのJon Moss〔ジョン・モス〕がユダヤ系、ベーシストのMikey Craig〔マイキー・クレイグ〕がジャマイカ系、ギタリスト兼キーボーディストのRoy Hay〔ロイ・ヘイ〕だけが唯一イングランド人という具合に、異なる人種を集めたメンバー構成になっていたのである。


更に、シンガーのBoy Georgeはゲイであり、当時、ドラマーのJon Mossと恋愛関係にあった。


正に、人種や性別への偏見に対するメッセージをバンドの存在そのもので体現していたのである。


また、このバンドは意外なミュージシャンから支持を得ていたのも面白かった。


THE JAMザ・ジャム〕で、当時はTHE STYLE COUNCIL〔ザ・スタイル・カウンシル〕を率いていて活動していた筆者の尊敬するミュージシャンのPaul Wellerポール・ウェラー〕は、続々と登場するポストパンクやニュー・ウェイヴの若手バンドをボロクソにけなしていたのだが、Boy GeorgeのヴォーカルやCULTURE CLUBの音楽性を高く評価していた。


そして、これも筆者の大好きな元NEW YORK DOLLSニューヨーク・ドールズ〕~元THE HEARTBREAKERS〔ハートブレイカーズ〕のギタリストであるJohnny Thundersジョニー・サンダース〕が、洋楽雑誌「音楽専科」のインタビュアーから、「最近の若いバンドで好きなバンドはありますか?」という問いに対し、STRAY CATSストレイ・キャッツ〕、HANOI ROCKSハノイ・ロックス〕と共にCULTURE CLUBの名を挙げていたのも意外だった。


しかし、意外ではあったが、Paul WellerJohnny Thundersのような本物から彼らが愛されるのも、言葉では言い現わしにくいのだが、何となく分かるような気がした。


この後、CULTURE CLUBは3rdアルバムの「WAKING UP WITH THE HOUSE ON FIRE」を制作し、そこからの第一弾シングルとして"The War Song (戦争のうた)"をリリースする。


この明確に反戦への意思表示を込めたシングルが失敗し、CULTURE CLUBの人気は下降していくことになる。


今まで通りラヴ・ソングを歌っていればCULTURE CLUBはもう少しだけ人気を維持できたかもしれない。


しかし、大ヒット・アルバムである「COLOUR BY NUMBERS」を踏襲せず、"The War Song"というリスクの高いシングルで当時の音楽シーンに戦いを挑んだCULTURE CLUBのことを筆者は尊敬している。


"The War Song"の次にリリースされた"The Medal Song"というシングルでは、まるで"The War Song"の失敗を予想していたかのように「Life will never be the same as it was again(人生は決して再び同じには戻れない)」と歌っている。


全くヒットしなかったこの"The Medal Song"が、実は珠玉の名曲であることを最後に付け加えておきたい。

 

#0127) UNDER THE BLADE / TWISTED SISTER 【1982年リリース】

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グラム・メタルと聞いて思い浮かべるバンドにはどんなものが有るのだろうか?


有名どころでは、MOTLEY CRUE〔モトリー・クルー〕、RATT〔ラット〕、DOKKEN〔ドッケン〕、BON JOVIボン・ジョヴィ〕、POISON〔ポイズン〕、CINDERELLA〔シンデレラ〕、WARRANT〔ウォレント〕辺りだろうか?


GUNS N' ROSES〔ガンズ・アンド・ローゼズ〕、SKID ROWスキッド・ロウ〕辺りも有名なインターネット百科事典ではグラム・メタルにカテゴライズされているが、筆者の中では少し違うかなと感じている。


いずれにしても、上記のバンド名を挙げているだけではグラム・メタル・マニアとしてはまだまだである。


Y&T〔ワイ・アンド・ティー〕、QUIET RIOT〔クワイエット・ライオット〕なんて名前が出てくると、「オッ、なかなかのマニアやん」と思うのだが、やはり、このバンドの名前を挙げて欲しい。


TWISTED SISTER〔トゥイステッド・シスター〕である。


今回はTWISTED SISTERの1stアルバム「UNDER THE BLADE」を取り上げてみる。


「UNDER THE BLADE」のアルバム・ジャケットに写るメンバーの写真を見て頂きたい。


グラム・メタルの特徴である濃いメイクを施し、派手な衣装を着てはいるが、美しくて煌びやかな感じは無い。


特にセンターを陣取っているシンガーのDee Snider〔ディー・スナイダー〕は怖さを通り越して滑稽さすら感じさせてくれる。


しかし、筆者にとっては、このバンドこそがグラム・メタルの象徴なのである。


最初にTWISTED SISTERを知ったのは、グラム・メタルの名バラードである"The Price"のミュージック・ヴィデオを見た時だった。


見た目の滑稽さとは裏腹に、「夢を叶えるために俺たちが支払った対価、それは俺たちの人生そのもの」と、真面目に歌い演奏する彼らに、当時中学生だった筆者は魅かれたのである。


早速、"The Price"が収録されている3rdアルバムの「STAY HUNGRY」を聴いてTWISTED SISTERにド嵌りし、その次に聴いたのが今回取り上げた「UNDER THE BLADE」だ。


TWISTED SISTERは米国ニューヨーク出身のバンドだが、このアルバムは英国のSecretというレーベルからリリースされており、彼らは本国の米国よりも先に英国で人気に火が付いた。


かつてキャッチーな音楽性とコミカルなキャラクターを併せ持つSLADE〔スレイド〕を愛した英国がTWISTED SISTERを認めたのは何となく頷ける話だ。


この「UNDER THE BLADE」がグラム・メタルを代表するアルバムかと言われると、そうでは無いのだろう。


今でもグラム・メタルを代表する一枚として挙げられるのは「STAY HUNGRY」の方だ。


しかし、筆者は「UNDER THE BLADE」の方により大きな愛着を感じている。


このアルバムには、これから上昇して行くバンドの勢いが感じられ、粗削りながらもその疾走感が何とも心地よいのである。


前述のとおり、TWISTED SISTERはニューヨークのバンドなのだが、クラシック・ラインナップと言われる全盛期のメンバー全員がニューヨークの出身である。


バンド活動をするために地方からニューヨークに流れ着いた人達ではなく、生粋のニューヨーカーなのである。


そのせいか、彼らの音には都会的で洗練されたセンスが感じられる。


そして、このバンドはどんな時でもロック・キッズの味方であり、ロック・キッズにとっては信頼できる兄貴分なのである。


「勉強が嫌になったって?いいじゃないか、俺たちとロックン・ロールしようぜ!」、「学校で虐められてるって?そんな学校は辞めて俺たちとロックン・ロールしようぜ!」って言ってくれるのがTWISTED SISTERというバンドなのである。


2010年代も残すところ数年で終わろうとしている今、ロック・キッズにとって最も必要なのはTWISTED SISTERのようなバンドなのではないかと思えて仕方がない。

 

#0126) BRING THE FAMILY / John Hiatt 【1987年リリース】

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最近、筆者が愛読しているブログ「SMELLS LIKE PUNK SPIRIT」のブロガーさんと、「好きなギタリストTop 5」や「好きなベーシストTop 5」のやり取りをして盛り上がっている。


昔、ロック好きやバンド仲間で集まった時に必ず話した王道ネタである。


上記のブロガーさんが制作/配信している「ロックンロール・レディオ」という番組でもこのネタを語っておられるのだが、これがとにかくロック好きには共感できる番組なので、興味を持たれた方は是非聴いて頂きたい。


ブログで「好きなギタリスト」についてのやり取りをしている時に、大好きな盲目のブルース・ギタリストJeff Healey〔ジェフ・ヒーリー〕のことを思い出した。


筆者も過去に彼が率いたTHE JEFF HEALEY BAND〔ザ・ジェフ・ヒーリー・バンド〕の1stアルバム「SEE THE LIGHT」を取り上げているのだが、このアルバムに収録されているヒット・シングル"Angel Eyes"の作者がJohn Hiatt〔ジョン・ハイアット〕であることを思い出した。


ロック好きで集まって話していると、こういう具合に好きなアーティストが芋づる式に出てくるのが面白い。


今日はJohn Hiattの8thアルバム「BRING THE FAMILY」を取り上げてみる。


このアルバムは1987年のリリースなのだが、筆者がこのアルバムを聴いたのは、たぶん2000年代に入ってからだと記憶している。


John Hiattというアーティストの知名度はどれくらいなのだろうか?


正直なところ、筆者は「BRING THE FAMILY」がリリースされた1980年代にはJohn Hiattのことを全く知らなかった。


John Hiattハートランド・ロック(米国のルーツ・ミュージックから影響を受けたロック)というジャンルに分類されるアーティストなのだが、1980年代に筆者が好んで聴いていた同ジャンルのアーティストはBruce Springsteenブルース・スプリングスティーン〕やJohn Cougar Mellencamp〔ジョン・クーガー・メレンキャンプ〕やTom Pettyトム・ペティ〕だった。


John Hiattについては、少なくとも日本では、ほぼ無名に近かったのではないだろうか?


John Hiattに興味を持った切っ掛けは上記のTHE JEFF HEALEY BANDの"Angel Eyes"なのだが、暫くの間、筆者はこの曲をTHE JEFF HEALEY BANDのオリジナルだと思っていたくらいである。


"Angel Eyes"がJohn HiattによってTHE JEFF HEALEY BANDのために書き下ろされた曲だということがだいぶ後になってから判り、漸くJohn Hiattというアーティストを知り、俄然興味が湧いてきたのである。


John Hiattについて色々と調べてみたところ、今回取り上げた「BRING THE FAMILY」が彼の代表作だということを知り、けっこう探し回って漸く手に入れたのだが、とにかく、このアルバムは参加メンバーが凄い。


ギターがRy Cooderライ・クーダー〕、ベースがNick Loweニック・ロウ〕、ドラムスがJim Keltner〔ジム・ケルトナー〕なのである。


この面子で駄作が出来るわけもなく、「BRING THE FAMILY」はカントリーやブルース等、米国のルーツ・ミュージックに根差した素晴らしい傑作となっている。


先ほど、「参加メンバーが凄い」と書いたが、実は一番良いのはJohn Hiattの少しかすれ気味の声で歌われるヴォーカルである。


ちょっと恥ずかしい言い方になってしまうが、アルバムのそこかしこに愛が溢れているのである。


これほど後味の良いアルバムもなかなか無いだろう。


ちなみに、THE JEFF HEALEY BANDに提供した"Angel Eyes"はこのアルバムではなく、「THE BEST OF JOHN HIATT」に収録されている。

 

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Jeff Healeyの瑞々しい歌声を聴きすぎているので、John Hiattヴァージョンを最初に聴いた時は暑苦しく感じたのだが、今ではJohn Hiattによるこの曲も悪くないと思えるようになった。