#0142) シューマン:交響曲第4番、ハイドン:交響曲第88番 / 指揮:ヴィルヘルム・フルトヴェングラー、演奏:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 【2004年リリース】

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このブログのタイトルは、「ロックン・ロール・プリズナーの憂鬱」としているので、ブログを始めた時は筆者の最も好きな音楽ジャンルであるロックン・ロール系のアーティストについての文章のみを書こうとしていた。


しかし、筆者はストイックに特定のジャンルの音楽を聴き極めるようなことは出来ない性質であり、興味の湧いた音楽は片っ端から聴き散らかしていくので、このブログに書く文章もロックン・ロールとは言えないアーティストが相当数入り込んでしまっている。


ブログのタイトルに惹かれて見に来て頂いた方には大変申し訳ないのだが、今更ブログのタイトルを変えるのも面倒なので何卒お許し頂きたい。


さて、今回は久しぶりにクラシックのアルバムを取り上げてみる。


取り上げのるは、ヴィルヘルム・フルトヴェングラーの指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏による「シューマン交響曲第4番、ハイドン交響曲第88番」だ。


しかし、今回はハイドンの方は別の機会に譲るとして、シューマン交響曲第4番にスポットを当ててみる。


ただし、筆者はクラシックについては全くの門外漢であり、どうしようもない的外れな文章になるかと思うので、これについても予めお許し頂きたい。


そもそも、クラシックとの出会いは、筆者が生まれた家に、誰が買ったのか分からないのだが、けっこうな枚数のクラシックのレコードがあり、それらのレコードを、作曲家が誰か、或いは、指揮が誰で楽団がどこかも分からないまま何となく聴いていた。


その後は、小中学校の音楽の授業でクラシックのレコードを聴かせてもらえることが子供の頃の楽しみの一つになっていったのだが、シューマンという作曲家については名前を知っているくらいで、特に聴きたいと思うことはなかった。


そもそも、学校の音楽の授業で聴かせてもらえる作曲家はヴィヴァルディ、バッハ等のバロック音楽、或いは、ハイドンモーツァルトベートーヴェン等の古典派音楽が大半で、シューマン等が含まれるロマン派音楽の作曲家の曲はあまり聴かせてもらった記憶が無い。


これは、もしかすると、音楽の先生の好みだったのかもしないが、とにかく筆者がシューマンの曲を意識して聴いたのは、2~3年くらい前にイトコから"トロイメライ"を教えてもらったのが最初だ。


イトコは子供の頃からピアノを習っているからだと思うのだが、クラシックへの造詣が深く、そのイトコが自分の一番好きな作曲家の一番好きな曲として"トロイメライ"を筆者に教えてくれたのである。


"トロイメライ"は、たぶん、多くの人が、それをシューマンの曲とは意識せずとも、一度や二度は聴いたことがある曲である。


筆者も正にそれで、この曲によりロベルト・シューマンという作曲家に興味の湧いた筆者がイトコに頼んで教えてもらったシューマンの曲の一つが今回取り上げた交響曲第4番なのである。


イトコはこの曲について、2枚のレコードを教えてくれた。


一つは、ヘルベルト・フォン・カラヤンの指揮とウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏によるもの、もう一つが、今回取り上げたヴィルヘルム・フルトヴェングラーの指揮とベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏によるものだ。


最初に聴いた時の印象は、カラヤンウィーン・フィルの方が重厚でキリっと引き締まった感じがして圧倒的に良いと感じた。


それに比べると、フルトヴェングラーベルリン・フィルの方はテンポが遅くて、ちょっと聴いているのがしんどかったのだが、不思議なもので聴いているうちに、逆転したのである。


テンポが遅くて聴くのがしんどいと感じていたフルトヴェングラーベルリン・フィルの方が、弦楽器や管楽器等各パートの音の一つ一つが立体的に耳から入って体の深くまでジワリと浸透してく感じがして、聴いていて気持ちよくなってきたのである。


色々な文献を読んでみると、シューマンという作曲家は、かなり精神状態が不安定な人だったらしく、あまり安らかな人生を過ごせなかった人らしい。


そんなシューマンの不安定な精神状態が表現されているのが、フルトヴェングラーベルリン・フィルの方のような気がするのだ。


もしかすると、清廉で軽やかなシューマンが好きな人には、フルトヴェングラーベルリン・フィルによる交響曲第4番は大仰だと感じるのかもしれないが、筆者にとってはこれこそがシューマン交響曲第4番なのである。