Rock & Roll Prisonerの憂鬱

好きな音楽についての四方山話

#0372) TIN MACHINE / TIN MACHINE 【1989年リリース】

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筆者が初めてリアルタイムで聴いたDavid Bowieデヴィッド・ボウイ]のアルバムは「LET'S DANCE」であり、このアルバムのリリースは1983年なので、たぶん翌年には聴いていると思う。


当時、ロック初心者の筆者が好んで聴いていたのは、SPANDAU BALLETスパンダー・バレエ]、DURAN DURANデュラン・デュラン]、ABC[エービーシー]、CULTURE CLUBカルチャー・クラブ]、KAJAGOOGOO[カジャグーグー]といったニュー・ロマンティックのアーティスト達だった。


そんな彼等の大きな影響源の一つが1970年代のグラム・ロックであることを彼等のインタビュー記事で知り、David Bowieが、T. Rex[T・レックス]のMarc Bolanマーク・ボラン]、ROXY MUSICロキシー・ミュージック]のBryan Ferry[ブライアン・フェリー]と並ぶグラム・ロックの大スターであることもその時期に知った。


「そんな凄い人なら絶対に聴いておかなければ」と思い買ったのが「LET'S DANCE」だったのだが、これが全くピンとこなかったのである。


こういったソフィスティ・ポップなら、上記したSPANDAU BALLETDURAN DURAN、ABC、CULTURE CLUB、KAJAGOOGOOといった、David Bowieから影響を受けた後輩アーティスト達の方が完成度の高い楽曲を作っていたし、圧倒的に音楽としての商品価値が高いと感じたのである。


これらの後輩アーティスト達に比べるとDavid Bowieの「LET'S DANCE」は、どうにも中途半端な感じがして、何よりも歌の下手さに辟易した。


この時代のニューロマ系バンドのシンガーは、ボウイッシュ(David Bowieっぽい)かフェリーッシュ(Bryan Ferryっぽい)に分類される人が多いのだが、多くのシンガーは本家であるDavid BowieやBryan Ferryよりも歌の上手い人が多いし、バンドとしても楽器の演奏技術に長けた人が多いのである(もちろん、下手なところまで本人にそっくりなシンガーもいた)。


その後、1970年代のDavid Bowieのアルバムを聴くようになって初めて彼の作曲家としての偉大さを思い知ったのだが、「LET'S DANCE」の後にリリースされた「TONIGHT」、「NEVER LET ME DOWN」は、やはり全くピンとこなかったのである。


「LET'S DANCE」以降、精彩を欠いたDavid Bowieが一瞬復活の兆しを見せたと感じたのが、今回取り上げているバンドTIN MACHINE[ティン・マシーン]としてリリースしたセルフタイトルのデビュー・アルバムだ。


「何で今更バンドやねん!」という気もしたし、「もうソロ時代の曲は歌わない」と言っているのを聞いて「そんなん嘘に決まっとるやないか!」とも思っていたが、「TIN MACHINE」では「LET'S DANCE」以降の生温い中途半端な感じが影を潜め、David Bowieがバンドと共に、かなりタイトにロックン・ロールしているのである。


もちろん、1970年代の「LOW」や「"HEROES"」といったキレッキレの名盤には及ばないものの、「TIN MACHINE」から「TIN MACHINE II」、ソロに戻っての1作目である「BLACK TIE WHITE NOISE」まではけっこう楽しんで聴けたのだが、その後、インダストリアル・ロックの影響を受けた「OUTSIDE」、ドラムン・ベースの影響を受けた「EARTHLING」あたりから再びガス欠を起こし始めた感がある。


MINISTRY[ミニストリー]、NINE INCH NAILSナイン・インチ・ネイルズ]、APHEX TWINエイフェックス・ツイン]、4HERO[4ヒーロー]、Goldie[ゴールディー]といったこの手のパイオニアを先に知ってしまった耳で聴くDavid Bowieのインダストリアル・ロックやドラムン・ベースは、どうしても生温くて聴こえてしまうのである。