Rock'n'Roll Prisoner's Melancholy

好きな音楽についての四方山話

#0494) 好きな日本のバンド...2人だけ日本人(7)CATS IN BOOTS

CATS IN BOOTS [キャッツ・イン・ブーツ]

出身地:日本/アメリカ合衆国


 1987年に 聖飢魔II を脱退したギタリストのジェイル大橋代官こと大橋隆志が、高校生時代のバンド仲間であるベーシストの畑江康弘と共に渡米し、ロサンゼルスで結成したバンドが、この CATS IN BOOTS だ。

 1988年に「DEMONSTRATION (EAST MEETS WEST)」を、1989年に「KICKED & KLAWED」をリリースし、楽曲も素晴らしく、MTV やラジオでも好評だったのだが、1990年にあっけなく解散した短命なバンドだ。

 解散理由は「メンバー間の人間関係の悪化」ということなのだが、このバンドは、日本人が2人、米国人が2人というメンバー構成なので、人間関係が悪化する方が普通だろう。

 その上、活動拠点が米国なのだから、大橋と畑江にとっては完全にアウェイな状態での戦いだ。

 外国人が日本に来ているのであれば、それは強制連行したわけではなく、彼らの自由意志で来ているのだから、100% 日本に合わせてもらう必要があり、日本人が外国人に合わせる必要な全くない。

 それが出来ないのあれば「帰りなさい」というだけの単純な話である。

 しかし、日本人が米国に行っている状態では、日本人が 100% 米国に合わせる必要があるわけなので、これはかなり厳しい戦いになる。

 筆者もこれまでに、米国、欧州、アジアなど、様々な国に出張して仕事をしてきたが、良い記憶は一つも無い。

 とにかく、出張先の国の人とは、仕事に対する責任感とスピード感が根本から異なるため、常に衝突の連続だった。

 特に、納期に対する彼らの意識の低さや甘さは如何ともしがたく、納期を厳守するように強いプレッシャーをかけると、精神に異変をきたすか、逆切れされるかのどちらかだ。

 結局、彼らが製造できずに放り投げたものを、全て筆者が引き取って製造するという結果になるのがお決まりのパターンだった。

 筆者としても、ロクに準備も出来きていないまま、急な海外出張を命じられ、気が立っている状態だったのだが、それに加えて苦しかったのは、どこに言っても口に合う食べ物が無いことだった。

 仕方がないので、こっそり持ち込んだ「カロリーメイト」を、これもこっそり持ち込んだ「南アルプス天然水」で流し込んで何とか飢えをしのいでいた。

 今では、もう絶対に、外国には仕事でも観光でも行きたくないと思っている。

 ただ、そんな海外出張の中で、最も仕事が出来たのは米国人だった(ちなみに、これを日本人に言うと「えっ、うそやん」と言われることが多い)。

 もちろん、筆者が日本の企業人として芯まで刷り込まれている仕事論との隔たりは大きいのだが、筆者が現地で出会った米国人は、けっこうしっかりと仕事上の契約を守る。

 そして、意外にも、というと失礼なのだが、仕事の話をしているときに、けっこうしっかりと空気を読む。

 欧州やアジアで出会った人には、この感覚が全く無かった。

 今、思うと、筆者の初めての海外出張は、新卒2年目に行った、テキサス州のヒューストンだったのだが、ここでの経験が、その後の海外出張先との比較基準になったような気がする。

 今回取り上げた、CATS IN BOOTS は、今にして思うと、彼らの渡航先が米国だったので、まだ続いたのではないだろうか。

 逆に、よく2年も続いたなと思う。


DEMONSTRATION (EAST MEETS WEST)

 1stスタジオアルバム
 リリース:1988年
 レーベル:ポリドール・レコード
 プロデュース:CATS IN BOOTS

No. タイトル 作詞 作曲
1 Girl's Alright, Tonight ジョエル・エリス、ランディ・メアーズ 大橋隆志
2 Judas Kiss ジョエル・エリス 大橋隆志
3 Bad Boys ジョエル・エリス 大橋隆志
4 9 Lives (Save Me) ジョエル・エリス 大橋隆志
5 Bayou Fool ジョエル・エリス、ランディ・メアーズ 大橋隆志
6 Her Monkey ジョエル・エリス 大橋隆志
7 Heaven on a Heartbeat ジョエル・エリス 大橋隆志

[comment]
 当時、筆者が京都のレコード屋で買ったアナログ盤は、このアルバム・カヴァーではなく、猫のイラストを使ったカッコいいデザインだった。
 仲良さげに写っているメンバーだが、解散理由を知った上で見ると、ちょっと寒い。
 しかし、楽曲は素晴らしい。
 大橋隆志の古巣である 聖飢魔II 的な、メロディアスなヘヴィ・メタルは1曲も無く、ストリート感のあるアメリカン・ハード・ロックン・ロールだ。
 簡単に言ってしまうと、GUNS N' ROSES の「APPETITE FOR DESTRUCTION」以降の流れにある、当時の流行に沿った楽曲だ。
 しかし、「APPETITE ~」以降、雨後の筍の如く出てきた凡百のバンドより、圧倒的に曲作りが上手い。
 メロディーやコード進行も、よく練られていて、耳を引き付ける力がある。
 レコード会社や時の流行に合わせて作曲できる大橋隆志の才能は素晴らしい。
 こういう人が本当のミュージシャンだ。


KICKED & KLAWED

 2ndスタジオアルバム
 リリース:1989年
 レーベル:東芝EMI
 プロデュース:マーク・オピッツ

No. タイトル 作詞 作曲
1 Shot Gun Sally ジョエル・エリス、パルテノン・ハクスリー、スティーヴィー・サラス 大橋隆志
2 Nine Lives (Save Me) ジョエル・エリス 大橋隆志
3 Her Monkey ジョエル・エリス 大橋隆志
4 Whip It Out ジョエル・エリス 大橋隆志
5 Long, Long Way From Home ジョエル・エリス 大橋隆志
6 Coast to Coast ジョエル・エリス 大橋隆志
7 Every Sunrise ジョエル・エリス 大橋隆志
8 Evil Angel ジョエル・エリス、パルテノン・ハクスリー、スティーヴィー・サラス 大橋隆志
9 Bad Boys Are Back ジョエル・エリス 大橋隆志
10 Judas Kiss ジョエル・エリス 大橋隆志
11 Heaven on a Heartbeat ジョエル・エリス 大橋隆志

[comment]
 前作は、全7曲なので、ミニ・アルバム的な扱いだった。
 前作と被っている曲もあるのだが、本作はフル・アルバムであり、これこそが CATS IN BOOTS 真のデビュー・アルバムだ。
 楽曲の質は、前作以降に高く、終わったことに「もし」は無いのだが、このまま続けていれば、時代の追い風と相まって、全米チャートの上位に入ったかもしないと思わせるだけの説得力がある。
 しかし、日本人2人、米国人2人というメンバー構成では、長続きしなかったのは致し方あるまい。
 日本人どうしでさえ、エゴの衝突で解散するバンドは後を絶たないのだから。

#0493) 好きな日本のバンド...途中からユニット(6)フリッパーズ・ギター


フリッパーズ・ギター (The Flipper's Guitar)

出身地:日本


 ここ数回、「好きな日本のバンド」ということで文章を書いているが、今回取り上げているフリッパーズ・ギターがバンドとしてリリースした作品は1989年のデビュー・アルバムまでだ。

 1990年のシングル "Friends Again" 以降は、小山田圭吾と小沢健二の2人によるユニットでの活動となった。

 この二人は、両者ともに名字が「お」で始まり、名前が「け」で始まるので、けっこう紛らわしい。

 フリッパーズ・ギターと言えば、コーネリアスによる2021年の炎上が記憶に新しく、批判されることも多いのだが、音楽的な才能に関しては、小山田、小沢、共に日本の音楽史に残した功績と影響は大きかった。

 筆者は、ミュージシャンの制作する音楽にのみ興味があり、そのミュージシャンの人柄や言動については全く興味がない。

 従って、小山田の炎上の発端となった過去のインタビューにおける発言については嘆かわしいとは思うものの、それによって小山田が制作してきた音楽の価値が下がることはないと考えている。

 兎にも角にも、小山田と小沢の2人は、所謂、ネオアコ(ネオ・アコースティック)と呼ばれるジャンルの音を日本の音楽市場に合わせて制作し、商業的成功を収めた。

 当時、リアルタイムで彼らの曲を聴いたときは、あまりの見事さに度肝を抜かれたものである。

 ちなみに、ネオアコというジャンル名は日本独自のものらしく、本場の英国ではポストパンクの1つとして捉えられているらしい。


three cheers for our side〜海へ行くつもりじゃなか

 1stスタジオアルバム
 リリース:1989年08月25日

No. タイトル 作詞 作曲
1 Hello/ハロー/いとこの来る日曜日 小沢健二 小山田圭吾
2 Boys Fire the Tricot/ボーイズ、トリコに火を放つ 小沢健二 小沢健二
3 Joyride/すてきなジョイライド 小沢健二 小沢健二
4 Coffee-milk Crazy/コーヒーミルク・クレイジー 小沢健二 小山田圭吾
5 My Red Shoes Story/僕のレッド・シューズ物語 小沢健二 小山田圭吾/小沢健二
6 Exotic Lollipop (and other red roses)/奇妙なロリポップ 小沢健二 小山田圭吾/小沢健二
7 Happy Like a Honeybee/ピクニックには早すぎる 小沢健二 小山田圭吾
8 Samba Parade/サンバ・パレードの華麗な噂が 小沢健二 小山田圭吾/小沢健二
9 Sending to your Heart/恋してるとか好きだとか 小沢健二 小山田圭吾/小沢健二
10 Goodbye, our Pastels Badges/さようならパステルズ・バッヂ 小沢健二 小山田圭吾
11 The Chime will Ring/やがて鐘が鳴る 小沢健二 小山田圭吾/小沢健二
12 Red Flag on the Gondola/レッド・フラッグ - traditional

[comment]
 フリッパーズ・ギターがバンドだったのはこのデビュー・アルバムまで。
 全ての歌詞は小沢による英語詞であり、英国のネオアコを日本の音楽市場向けにコンパイルする手腕は見事である。
 本人たちは AZTEC CAMERA [アズテック・カメラ] が一番好きなようだが、このアルバムのヘタレ感は TELEVISION PERSONALITIES [テレヴィジョン・パーソナリティーズ] に近い。
 ただし、ダン・トレイシーにようなガチのヘタレではなく、巧妙に演出されれたヘタレなのだが。


CAMERA TALK

 2ndスタジオアルバム
 リリース:1990年06月6日

No. タイトル 作詞/作曲 実際の作詞 実際の作曲
1 Young, Alive, in Love/恋とマシンガン Double K.O. Corp. 小沢健二 小沢健二
2 Camera! Camera! Camera!/カメラ!カメラ!カメラ! Double K.O. Corp. 小沢健二 小沢健二
3 Cool Spy on a Hot Car/クールなスパイでぶっとばせ Double K.O. Corp. 小沢健二 小山田圭吾/小沢健二
4 Summer Beauty 1990/ラテンでレッツ・ラブまたは1990サマー・ビューティー計画 Double K.O. Corp. 小沢健二 小山田圭吾
5 Haircut 100/バスルームで髪を切る100の方法 Double K.O. Corp. 小沢健二 小山田圭吾
6 Colour Field/青春はいちどだけ Double K.O. Corp. 小沢健二 小山田圭吾/小沢健二
7 Big Bad Bingo/ビッグ・バッド・ビンゴ Double K.O. Corp. 小沢健二 小山田圭吾
8 Wild Wild Summer/ワイルド・サマー/ビートでゴーゴー Double K.O. Corp. 小沢健二 小山田圭吾/小沢健二
9 Knife Edge Caress/偶然のナイフ・エッジ・カレス Double K.O. Corp. 小沢健二 小山田圭吾
10 Southbound Excursion/南へ急ごう Double K.O. Corp. 小沢健二 小山田圭吾/小沢健二
11 3 a.m. op/午前3時のオプ Double K.O. Corp. 小沢健二 小山田圭吾
12 Camera Full of Kisses/全ての言葉はさよなら Double K.O. Corp. 小沢健二 小沢健二

[comment]
 歌詞が日本語になった。
 日本の音楽市場に合わせるために自ら変えたのか、プロデューサーやレコード会社から変えるように言われたのか、その辺りは不明だが、この選択は吉と出た。
 本作収録の "恋とマシンガン" は、ドラマ『予備校ブギ』の主題歌としてタイアップされ、オリコン・チャート週間17位のヒットとなった。
 "Haircut 100" という曲のタイトルにはニヤリとさせられる。


DOCTOR HEAD'S WORLD TOWER -ヘッド博士の世界塔-

 3rdスタジオアルバム
 リリース:19901年7月10日

No. タイトル 作詞/作曲 実際の作詞 実際の作曲
1 DOLPHIN SONG Double K.O. Corp. 小沢健二 小山田圭吾/小沢健二
2 GROOVE TUBE Double K.O. Corp. 小沢健二 小山田圭吾/小沢健二
3 AQUAMARINE Double K.O. Corp. 小沢健二 小山田圭吾/小沢健二
4 GOING ZERO Double K.O. Corp. 小沢健二 小山田圭吾/小沢健二
5 (SPEND BUBBLE HOUR IN YOUR) SLEEP MACHINE Double K.O. Corp. 小沢健二 小山田圭吾/小沢健二
6 WINNIE-THE-POOH MUGCUP COLLECTION Double K.O. Corp. 小沢健二 小山田圭吾/小沢健二
7 THE QUIZMASTER Double K.O. Corp. 小沢健二 小山田圭吾/小沢健二
8 BLUE SHININ' QUICK STAR Double K.O. Corp. 小沢健二 小山田圭吾/小沢健二
9 THE WORLD TOWER Double K.O. Corp. 小沢健二 小山田圭吾/小沢健二

[comment]
 3枚目はガラッと変わり、マッドチェスターやシューゲイザーを意識したサウンドなのだが、これもまた上手い。
 小山田曰く、このアルバムではサンプリングを大量に使っているらしいのだが、ある意味、権利関係が緩かった時代の産物とも言える。
 全曲、作曲は小山田と小沢の共作となっているが、小山田の嗜好が強く出ているように聴こえる。
 もし、解散しなかった場合、この次はブリットポップを意識したサウンドになっていたのだろうか。

#0492) 好きな日本のバンド(5)OUTRAGE【ポリドール期】


OUTRAGE [アウトレイジ]

出身地:名古屋市


 過去数回、ここに新しい文章を書くたびに別件から入っていて恐縮なのだが、今回も別件からとなる。

 何卒、お許しいただきたい。

 少し前のことになるが、反日左派政党に所属している反日左派議員が、参議院決算委員会において、自衛隊に対して酷い職業差別発言を行った。

 最近は、辺野古沖の船転覆事故でも反日左派に対して激しい憤りを感じていたわけだが(これについては生涯、憤りが鎮まることはない)、今回の反日左派議員の自衛隊に対する職業差別には、脳が揺れるほどの激しい憤りを覚えた。

 自衛隊(言葉を軍隊と置き換えてもいい)に対して批判的な発言をするのは、民法や刑法に抵触しないかぎり言論の自由だと思うのだが、職業差別はけして許されることではないし、その発言を行った人のことは絶対に許してはいけない。

 自衛隊を批判するのであれば、同時に「私が被災したときは、自衛隊に救ってもらわなくてもいい」と言うべきだ(なぜ言わないのだろう?自衛隊を批判しているにもにも関わらず、自分が被災したときだけは自衛隊に救って欲しいと思っているのだろうか?)。

 筆者は、自衛隊を批判する人のことを自衛隊が救う必要はないと思うのだが、そんな人でも救ってくれるのが自衛隊の尊さである。

 反日左派の人は「国家権力の支配は受けない」というが、そうであるなら、同時に「私が犯罪行為を受けたときは、警察に助けてもらわなくてもいい」と言うべきだ(国家を批判しているにも関わらず、デモのときに自分に攻撃が及ぶと、何故、警察という国家権力に頼るのだろう?自分が攻撃されたときだけは国家権力である警察に助けて欲しいと思っているのだろうか?)。

 国家権力には屈しないという反日左派の人には、年金の受給も辞退して頂きたいものである。

 日本には、日本よりも近隣の共産主義国のために行動している反日左派の活動家が少なからず存在する。

 ただし、2010年代に入ってからの日本では、反日左派がまともに相手にされなくなってきており、2020年代以降は反日左派の衰退が加速している。

 これは日本にとては喜ばしいことであり、今月(2026年7月現在)も反日左派政党の一つが事実上の解党に追い込まれた。

 反日左派をゼロにすることは難しいと思うのだが、今後もインターネット、特に SNS の力によって、反日左派の力は急速に削がれていくはずである。


 やたらと長い別件を書いてしまい、すみませんでした。

 ここから、ようやく本題の OUTRAGE である。

 筆者が日本のロックを聴き始めたのは80年代からなのだが、最も驚いたには、この OUTRAGE かもしれない。

 中学までは、日常的に聴くロックと言えば、95% くらい洋楽だったのだが、高校に入り、日本のロックに詳しいK君と親しくなってからは、彼の教育により、筆者も日本のロックを積極的に聴くようになった。

 教育といっても、実際にやっていたのは、筆者が自分の洋楽ロックのレコードをカセットテープに録音し、K君が彼の邦楽ロックのレコードをカセットテープに録音し、そのカセットテープを筆者とK君で交換していたのである。

 正直なところ、筆者は「日本人にロックはできないのでは?」と思っていたのだが、K君から仕入れた数々のカセットテープのおかげで、その認識が間違いであることに気付いた。

 ただし、ロックの中でも、「さすがにヘヴィ・メタルは日本人では無理なのでは?」という意識が残っていたのだが、それも LOUDNESS、VOW WOW、E・Z・O の世界進出で考えを改めることになった。

 それでも、なお、「スラッシュ・メタルだけは日本人では無理なはずだ」という思いが残っていた。

 高校時代の筆者は「メタル」と付くものは何でも聴いていた頃であり、グラム・メタルとスラッシュ・メタルのように全く正反対のものでも違和感なく同時に聴いていた。

 ただし、サウンド的に度肝を抜かれたのはスラッシュ・メタルだった。

 特に SLAYER の「REIGN IN BLOOD」を初めて聴いたときは、その速さ、暴力性、残虐性に恐怖すら覚えた。

 これは、いくらなんでも日本人ではやれない音楽だろうと思っていたのだが、そんな矢先、名古屋の OUTRAGE というバンドが3,000枚限定発売のミニ・アルバムを約1ヶ月で完売させたという記事を音楽雑誌で読み、そのバンドがスラッシュ・メタル・バンドであることを知った。

 残念ながら、件のミニ・アルバムを入手することはできなかったのだが、OUTRAGE の記事を読んで以降、とにかくこのバンドが気になり続け、メジャー・デビュー・アルバムの 「BLACK CLOUDS」は、発売と同時に購入した。

 期待が高すぎる分、落胆することもあるだろうと思って聴いた「BLACK CLOUDS」なのだが、結果は期待以上の大名盤だった。

 アルバム全体のバランスも良く、個々の楽曲のクオリティも高いのだが、驚いたのは、単に米国産スラッシュ・メタルの模倣ではなく、日本らしい抒情性があり、それでいて世界レベルで通用するスラッシュ・メタルが演奏されているというところだ。

 このバンドは、途中、橋本直樹(vo)の脱退期間はあったものの、2026年現在でも、橋本を含め、阿部洋介(gt)、安井義博(ba)、丹下眞也(dr)というデビュー時のメンバーで活動を続けており、現時点における最新作「RUN RIOT」も傑作なのだが、1st から 4tn の間で示した創造性は、この先も絶対に忘れることはないだろう。


BLACK CLOUDS

 1stスタジオアルバム
 リリース:1988年
 レーベル:ポリドール・レコード
 プロデュース:OUTRAGE

  1. Curtain of History
  2. Under Control of Law
  3. Slowly But Surely [Flower Travellin' Band のカヴァー]
  4. Black Clouds
  5. Bring Him Back
  6. Eos
  7. Edge of Death
  8. Peyote

[comment]
 3,000枚限定発売のミニ・アルバムを約1ヶ月で完売させた OUTRAGE が満を持して発表した1stフル・アルバム。
 日本のスラッシュ・メタル・バンドは OUTRAGE が初というわけではないが、当時の日本のメタル・リスナーの多くが国産スラッシュ・メタルに興味を持つきっかけは OUTRAGE だった。
 スラッシュ・メタルらしい冷ややかな激しさに加えて、NWOBHM や、それよりも前の世代のブリティッシュ・ヘヴィ・メタルが持っていた抒情性を併せ持つところが、このバンドの面白さだ。


BLIND TO REALITY

 2ndスタジオアルバム
 リリース:1989年
 レーベル:ポリドール・レコード
 プロデュース:OUTRAGE

  1. Blind to Reality
  2. In His Steel Claw
  3. Call of the Hunter
  4. Nowhere to Turn
  5. Name Your Poison
  6. Game of Greed
  7. What the Meaning of Freedom
  8. Lookin’ at Time

[comment]
 他のバンドを引き合いに出して語るのはよくないのだが、OUTRAGE が 1st から 2nd で遂げた変化は、METALLICA が 1st から 2nd で遂げた変化に似ている。
 つまり、1st で聴かせた粗削りで粗野な演奏はあえて後退させ、スラッシュ・メタルらしい複雑さと深みを併せ持つ楽曲が増えたということである。
 彼らが研鑽し続けてきた OUTRAGE の音楽性は、このアルバムによって完成した。


THE GREAT BLUE

 3rdスタジオアルバム
 リリース:1990年
 レーベル:ポリドール・レコード
 プロデュース:OUTRAGE

  1. Just Believe in Me
  2. Rusty Door
  3. Fall to Disorder
  4. The Day of Rage
  5. Voyage Of ...
  6. ... Clay Liner
  7. The Truth
  8. Great Blue
  9. Bearing Down

[comment]
 スラッシュ・メタル・バンドは、2nd でバンドとしての音楽性を確立させた名盤を制作し、3rd でバンドの完成形と呼べる大名盤を制作するケースが多い。
 OUTRAGE のこの 3rd アルバムもバンドの完成形と呼べる大名盤なのだが、この作品の面白さは以外にもスラッシュ・メタルらしからぬ美メロの曲がけっこう多いことだと思う。
 しかし、考えてみれば、80年代に登場したスラッシュ・メタル・バンドは、スラッシュ・メタル以外のハード・ロック/ヘヴィ・メタルを聴いてた期間の方が長いはずなので、美メロを書くということは彼らにとって別段不思議なことではないのである。


THE FINAL DAY

 4thスタジオアルバム
 リリース:1991年
 レーベル:ポリドール・レコード
 プロデュース:ステファン・カウフマン

  1. My Final Day
  2. Madness
  3. Follow
  4. Wings
  5. Sad Survivor
  6. Visions
  7. Veiled Sky
  8. River
  9. Fangs

[comment]
 このアルバムが発売された1991年は、グランジ/オルタナティヴの台頭により、ハード・ロック/ヘヴィ・メタルの人気に翳りが見え始めた時期なのだが、その影響を喰らいまくったのは主にグラム・メタルであり、スラッシュ・メタルの方はシフト・チェンジに成功したバンドも多い。
 例えば、METALLICA の「METALLICA」(通称 ブラック・アルバム)がその好例であることは言うまでもないが、OUTRAGE もこの 4th で大きなシフト・チェンジを試み、そして成功した。
 ただ、筆者は、スラッシュ・メタルを再構築して新たなヘヴィ・メタルを作り上げた本作「THE FINAL DAY」の方が、グルーヴ・メタル化した「ブラック・アルバム」よりも数段上だと思っている。
 この時期、これほど見事にシフト・チェンジに成功したメタル・バンドは世界的に見ても稀有なのではないだろうか?

#0491) 好きな日本のバンド(4)THE WILLARD【キャプテン ~ 東芝EMI 期】


THE WILLARD [ザ・ウィラード]

出身地:日本


 今回書く記事とは別件を少しだけ。

 辺野古沖転覆事故により同志社国際高等学校の女子生徒がお亡くなりになったという痛ましい報道には、ここ数年で最も激しい憤りを感じたのだが、本件を教育基本法違反と判断した文部科学省の英断については大いに評価したい。

 反日左翼活動家は、本件について「教育現場が委縮する」と述べているが、他者から何か言われたくらいのことで委縮するような人は委縮してもらって結構なのではないだろうか?

 生きるというとこは、毎日が必死の戦いであり、他者から何か言われたくらいで委縮するようでは、職場で良い仕事はできないし、家族を守ることもできないし、長い人生を戦い抜くこともできない。

 お亡くなりになられた女子生徒のご遺族の方が書かれた note を読まないという、当該地域における首長の発言や、ご遺族の方からの公開質問に対しても明確に回答しないという首長の姿勢には驚くばかりだ。

 平和教育の名を借りた反日左翼活動というイデオロギーの犠牲になり、未来を奪われた女子生徒と、そのご遺族の方が本当に気の毒で仕方がない。

 あらためて、お亡くなりになられた女子生徒の御霊のご平安を心よりお祈り申し上げます。


 さて、今回取り上げるのは80年代に LAUGHIN' NOSE、有頂天 とともにインディーズ御三家と呼ばれて人気を博した THE WILLARD だ(余談だが、日本で当たり前のように使われている「インディーズ」というこの言葉、間違っているのではないだろうか?)。

 御三家とも、一応パンクにカテゴライズされるバンドだ。

 LAUGHIN' NOSE が1stアルバム「PUSSY FOR SALE」をリリースした84年あたりから、日本のインディペンデント・レーベルが台頭し始め、これらインディ・レーベルはパンク・バンドとの親和性が高かった。

 筆者は、音楽的には好きなパンク・バンドもいたのだが、パンク・バンドが持つメッセージ性やイデオロギーが鬱陶しくて苦手だった。

 パンク・バンドでも洋楽の場合は歌詞が分からないので気にせずに聴くことができたのだが、日本のパンク・バンドの場合は当然ながら歌詞が分かってしまうので敬遠していた。

 THE WILLARD も日本のパンク・バンドにカテゴライズされていたので、自分から望んで聴いたわけではなかった。

 高校の同級生から「これ、えぇし」と言われて、強引に1stアルバムの「GOOD EVENING WONDERFUL FIEND」を貸し付けられたのが、THE WILLARD を知る切っ掛けだった。

 「えぇ~、このバンド、パンクやろ~、聴きたないねんけど~」と思ったのだが、借りた以上は聴くのがお義理と思ってレコードに針を落としたのだが、先入観と全く違っていて驚いた。

 というか、一回聴いただけで THE WILLARD のファンになっていた。

 THE WILLARD の曲には政治的なメッセージ性は無く、ソングライターの Jun が描く世界は海賊や西部劇をモチーフにした物語なのである。

 演奏には荒々しさがあり、パンク的な面もあるのだが、技術的にはかなりしっかりしているので、メタルを好むリスナーでも「ある一点」に目をつむることができれば好きになれる音だ。

 その「ある一点」とは...Jun のヴォーカルである。

 Jun のヴォーカルが上手くない...というか、はっきり言ってしまうとプロのヴォーカリストとしては下手なのである。

 当時はヴォーカルを補正する技術が低かったから仕方ないとは思うのだが、スタジオ盤を聴いているときでもフラットしたのが分かるレベルなのである。

 そして何よりも、Jun は歌詞を書くときに物語を優先させているため、きちんと韻を踏んでいない歌詞になることがあるので、それが仇となって彼のヴォーカルが必要以上に下手に聴こえてしまうのである。

 筆者は歌の上手さにはけっこう拘る方なのだが、Jun の場合、真摯に歌っていることは充分に伝わってくるので、どうしても聴けないというレベルではないと思っている。

 前回取り上げた REACTION の「INSANE」はインディー・レーベルからの発売ながら1万枚という驚異的な売り上げを記録したのだが、今回取り上げた THE WILLARD の「GOOD EVENING WONDERFUL FIEND」は2万枚を売り上げ、インディー・レーベルの売り上げ記録を塗り替えた。

 この頃から、インディー・レーベルで大きな売り上げを記録するバンドに対し、メジャー・レーベルが接触を試みるようになり、バンドにとってはインディー・レーベルでの成功がメジャー・デビューへの足がかりとして確立していくことになる。


GOOD EVENING WONDERFUL FIEND

 1stスタジオアルバム
 リリース:1985年10月5日
 レーベル:キャプテンレコード
 プロデュース:THE WILLARD

収録曲
No. タイトル 作詞 作曲 編曲
1 JOLLY ROGERS JUN JUN -
2 BORECIDE BOYS JUN JUN -
3 GOOD EVENING WONDERFUL FIEND JUN JUN -
4 NIGHTMARE JUN JUN -
5 VANGUARD JUN JUN -
6 TOO MUCH LOVE LIKE HELL JUN JUN -
7 THE END JUN JUN -
8 BORN IN THE FAR EAST END JUN JUN -
9 LAY TO REST JUN JUN -
10 BONDAGE DREAM JUN JUN -
11 VAIN FOR YOU (CONGRATULATION) JUN JUN -
12 C'MON WHIPS JUN JUN -

[comment]
 インディー・レーベルであるキャプテンレコードからの発売ながら、2万枚という驚異的な売り上げを記録した THE WILLARD の衝撃のデビュー・アルバム。
 Jun の描く世界は、海賊や西部劇をモチーフにしているのだが、ホラーっぽさもある。
 アルバム・カヴァーに使われている Jun の写真が「PHANTASMAGORIA」期のデイヴ・ヴァニアンに似ているため、THE DAMNED からの影響云々を言われることが多いのだが、SOUTHERN DEATH CULT や ADAM AND THE ANTS からの影響も大きそうだ。
 Jun の書く歌詞はサディスティックなものが多いのだが、彼の歌詞を聴いていると自分の中に潜む残虐性が鎌首もたげそうで怖くなることがある。


WHO SINGS A GLORIA?

 2ndスタジオアルバム
 リリース:1986年9月29日
 レーベル:東芝EMI
 プロデュース:岡野ハジメ

収録曲
No. タイトル 作詞 作曲 編曲
1 BUT SUN IS TOO BRIGHT Jun Jun THE WILLARD
2 MISERY Jun Jun THE WILLARD
3 TRICK STAR (I WANNA BE YOUR) Jun Jun THE WILLARD
4 SUBURBAN COWBOY Jun Jun THE WILLARD
5 SWEET CANDY Jun Jun THE WILLARD
6 LIGHTNING SCARLET Jun Jun Jun
7 DOWN THE ROTTING STREET Jun Jun THE WILLARD
8 THE WESTERN FURY Jun Jun THE WILLARD
9 DEAR MY CAPTAIN THE WILLARD Jun THE WILLARD

[comment]
 メジャー・デビュー・アルバム。
 収録されているメジャー・デビュー・シングル "LIGHTNING SCARLET" は、これまでにないキャッチーな曲となった。
 本作の中で、この "LIGHTNING SCARLET" のみが、編曲まで Jun が一人で行っており、東芝EMI から何らかの要請があり、Jun が編曲をやり直したのではないかと勘ぐってしまう。
 こういうメジュー・レーベル向きのシングルを書けてしまう Jun の器用な才能が凄い。
 1stで顕著だったサディスティックな歌詞も封印されている。
 他の曲も軒並みキャッチーであり、これぞメジャー・デビュー・アルバムといった感じで出来はすこぶる良いのだが、ちょっと物足りなさを感じてしまうのも確かだ。


THE LEGEND OF SILVER GUNS

 3rdスタジオアルバム
 リリース:1987年7月6日
 レーベル:東芝EMI
 プロデュース:THE WILLARD

収録曲
No. タイトル 作詞 作曲 編曲
1 NERVOUS RED FRIDAY Jun Jun Jun
2 SMART ESCAPE FOREVER (WITH SILVER GUNS) Jun Jun Jun
3 FAIRY TALE Jun Jun Jun
4 HIGHWAY MAN Jun Jun Jun
5 IN THE CITY OF WHITE LIGHT Jun Jun Jun
6 SILLY GAMES Jun Jun Jun
7 WAITING FOR MY PHANTOM JELLEMY Jun Jun Jun
8 THE LEGEND OF SILVER GUNS Jun Jun Jun
9 RETURN IN TRIUMPH Jun Jun Jun
10 SEARCHING FOR YOUR EYES Jun Jun Jun

[comment]
 このバンドにしては珍しく、メンバー全員が均等に映っている写真がアルバム・カヴァーに使われている。
 発売当時、アルバム・カヴァーのメンバーがライダース・ジャケットを来ているので、「RAMONES みたいなロックン・ロールになったのか?」...とは全く思わなかった。
 THE WILLARD はバンド名なのだが、その実態は殆ど Jun のソロ・プロジェクトだ。
 従って、このアルバムでも Jun の世界観が貫かれている。
 その世界観は海賊や西部劇だけに留まらず、童話や寓話の要素も入ってきた。
 "IN THE CITY OF WHITE LIGHT" は THE DOORS っぽい。


THE TOWN IN DESTINY

 4thスタジオアルバム
 リリース:1988年8月28日
 レーベル:東芝EMI
 プロデュース:土屋昌巳

収録曲
No. タイトル 作詞 作曲 編曲
1 GHOST TOWN GANG Jun Jun THE WILLARD
2 JUSTICE Jun Jun THE WILLARD
3 HOLY JUDGEMENT DAY Jun Jun THE WILLARD
4 MISFIT Jun Jun THE WILLARD
5 SHOT IN THE DARK Jun Jun THE WILLARD
6 DEADLY NIGHT SHADE Jun Jun THE WILLARD
7 STANDING ON THIS CORNER FOR LOVE Jun Jun THE WILLARD
8 GOOD-BYE VACANT DAYS Jun Jun THE WILLARD
9 ROSE OR LOSE Jun Jun THE WILLARD

[comment]
 東芝EMIにおける最後のアルバムであり、次の5thアルバム「THE WiLLARD」は日本コロムビアからの発売となる。
 このアルバムは、筆者がスラッシュ・メタルにドップリ嵌っていた時期に発売されているので、リアルタイムでは買っていない(発売されていたことにも気づいてなかった)。
 たぶん、一年遅れくらいで買ったと思うのだが、聴いたのは数回だけだと思う。
 今回、30年以上ぶりに聴いてみたのだが、カッコよくてビックリした。
 これまでのアルバムの中で最もロックン・ロールな作風だ。
 こういう隙間を巧みに使ったロックン・ロールが、当時の筆者の嗜好に合わなかったのだろう。

#0490) 好きな日本のバンド(3)REACTION


REACTION [リアクション]

出身地:日本


 REACTION を語るときに絶対に言わなければならないのは、1985年にインディー・レーベルから発売した1stアルバム「INSANE」が1万枚という驚異的な売り上げを記録したということだろう。

 調べたわけではないが、当時、アルバムを1万枚売り上げることができる日本のヘヴィ・メタル・バンドは、メジャー・レーベルでも殆どいなかったのではないだろうか?

 ミュージシャンが制作する楽曲も商品であり、それに価格を付け、流通に乗せて販売する以上、たくさん売れなければ意味がない。

 売れなければ、製作費の回収もできないし、制作に携わった人たちに支払う報酬すらままならなくなる。

 筆者は、長年にわたり製造業に携わってきたので「売れないものを作る」或いは「売るつもりのないものを作る」という行為は悪だという感覚すらある。

 売れるためにやっているわけではないと言う人もいるが、それは経済活動というものを全く分かっていない人であり、青臭くて幼稚な綺麗ごとである。

 とにかく、資本主義経済においては「数」を持っているものが一番強いのである。

 「数」を持っていない者は、「数」を持っている者を批判できない世界が資本主義であり、この「数」に対し、1万枚の売り上げという結果を出した REACTION は圧倒的な強者なのである。

 この1万枚というインディー・レーベルでの売り上げ記録は、後に、THE WILLARD の「GOOD EVENING WONDERFUL FIEND」(2万枚)や、DEAD END の「DEAD LINE」(2万枚、一説によると3万枚)によって塗り替えられるのだが、だからと言って、その先陣を切った REACTION の評価が下がるものではない。

 音楽的にも REACTION の楽曲は先鋭的であり革新的だった。

 当時、REACTION ほどスピード感(というか突っ走り感)がある楽曲を書いているバンドはいなかった。

 それも、スラッシュ・メタル的な速さではなく、ジャパニーズ・メタル固有の独特な速さなのである。

 REACTION は 聖飢魔II や X(後の X JAPAN)のようにヘヴィ・メタルをお茶の間にまで浸透させることはできず、知名度も80年代のジャパニーズ・メタルを聴いていた人くらいにしかないと思うのだが、彼らがいなかったら後のジャパメタ・シーンは今とは大きく違っていただろう。


INSANE

 1stスタジオアルバム
 リリース:1985年7月20日
 レーベル:Danger Crue

  1. JOY RIDE
  2. ARE YOU FREE TONIGHT
  3. DON'T STOP
  4. HAT TRICK
  5. NOTHING
  6. LET ME SHOUT
  7. LONESOME KNIGHT
  8. DARK ILLUSION
  9. INSANE

[comment]
 インディー・レーベルの Danger Crue から発売されたデビュー・アルバムであり、ジャパニーズ・メタルの歴史において新時代を切り開いた画期的な1枚だ。
 腐るほど言われ続けてきたことだが、当時、1万枚を売り上げた作品であり、この数字は同じ時代にメジャー・レーベルから発売されていた多くのメタル系アルバムの売り上げ枚数を超えているのではないだろうか?
 加藤純也のヴォーカルはメタル系の綺麗なハイトーンではなく、ザラついたダーティーな声質なのだが、それがこの時期の破壊的でスピード感のある REACTION の音楽性に絶妙に合っている。
 そして、そんなダーティーなヴォーカルと相性抜群なのが斉藤康之のロングトーンを駆使したバッキングだ。
 もちろん、ソロも聴きどころなのだが、彼のようにバッキングでも存在感を放つギタリストは、当時のジャパメタ・シーンにはあまりいなかった。
 リズム面では、梅沢康博の攻撃的なドラムと、反町哲之の低音を支えるベースがこのバンドの土台を形成しており、この時期にこの4人が揃ったのはちょっとした奇跡なのではないだろうか?


AGITATOR

 2ndスタジオアルバム
 リリース:1986年11月21日
 レーベル:Victor Musical Industries / invitation

  1. I'M SO EXCITED
  2. HOLD ON TO FREEDOM
  3. NOTHING TO LOSE
  4. NO TURNING BACK
  5. TOO YOUNG TO DIE
  6. FOLLOW THE SHADOW
  7. BAD GROWN UPS
  8. DANCE & SHOUT
  9. DREAM OF CHILDREN
  10. COOK ME DOWN

[comment]
 メジャー・デビュー・アルバムなのだが、インディー・レーベルで1万枚を売り上げた前作と比べて音質が良くなった感じがしない。
 しかし、それがマイナスの作用しているのではなく、明らかにプラスに作用しており、REACTION というバンドが持つ荒々しさや生々しさを伝えることに成功している。
 1曲目がこの時期の REACTION らしいファストナンバーではなくミディアムナンバーなのだが、これでリスナーの意表を突いておいて、2曲目でファストナンバーが始まり、ここでリスナーを狂喜乱舞させるという構成は心憎いほどに上手い。


TRUE IMITATION

 3rdスタジオアルバム
 リリース:1987年5月21日
 レーベル:Victor Musical Industries / invitation

  1. LET IT ROCK
  2. DESIRE
  3. EVERYBODY'S CRAZY
  4. LOOKIN' FOR ACTION
  5. CHANGE YOUR WAYS
  6. BAD BOY'S TOY
  7. COOL IT DOWN
  8. ... 9430
  9. COMING HOME
  10. LUST
  11. THINK 'BOUT TOMORROW

[comment]
 メジャー2作目であり、ここにきて多少メジャー感が出てきた。
 なんと、1曲目から4曲目まではウネリを効かせたミディアムナンバーであり、明確なファストナンバーは5曲目にしてようやく現れるという構成になっている。
 楽曲のクオリティは高いのだが、当時、筆者の周りでは、このアルバムを堺にして REACTION から離れていった人が少なからずいた。
 このアルバムはバンドの歴史において、典型的なヘヴィ・メタルからの脱却を模索し始めた実験作のような気がする。


REACTION

 4thスタジオアルバム
 リリース:1988年2月21日
 レーベル:Victor Musical Industries / invitation

  1. STARTIN' SOMETHING
  2. HAMMER ON THE BEAT
  3. GET MY WAY
  4. DOWN SIDE STRANGER
  5. LEFT BEHIND
  6. HANDS ON DREAM
  7. HOT ROD GIG TONIGHT
  8. ALL TOGETHER
  9. YOU GOT ME BURNING
  10. AT 25:00

[comment]
 前作からの揺り戻しがきたのか、ファストナンバーが増えている。
 バンド名をアルバム・タイトルにしており、原点回帰を目指した感のあるアルバムだ。
 ただ、インディー・レーベル時代の INSANE の頃と比べると、速いながらもキャッチーなリフや歌メロが増えている。
 前作で培ったメロディー・センスを、初期の疾走感に乗せたような感じの曲が多い。


TWIST AND SHOUT

 5thスタジオアルバム
 リリース:1988年12月1日
 レーベル:Victor Musical Industries / invitation

  1. TWIST & SHOUT
  2. RED ZONE
  3. ROSIE
  4. GREEN TAMBOURINE
  5. ALWAYS ON MY MIND
  6. ALL RIGHT HEAVEN
  7. STAND UP
  8. STAR COLLECTOR
  9. MIDNIGHT SHUFFLE
  10. RIGHT TO ROCK
  11. 窓から這い出せ
  12. LAST SONG

[comment]
 最後のアルバムであり、ここにきて、REACTION はヘヴィ・メタル・バンドからロックン・ロール・バンドへの変貌を遂げた。
 この時期の日本では、RED WARRIORS の快進撃や ZIGGY のヒットチャートでの成功があり、ヘヴィ・メタルよりもバッド・ボーイズ・ロックン・ロールの人気が高まっていた。
 REACTION も、その時流に合わせて舵を切ったと思うのだが、あまりにもメタル・アイコンとしてのイメージが強すぎるバンドだったので、当時の筆者はちょっと着いていけない気持ちになった。
 ただし、そこは REACTION であり、名曲揃いで「聴かなきゃ損」の名盤になっているのは流石である。