#0316) CABRETTA / MINK DEVILLE 【1977年リリース】

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Wikipediaで色々なミュージシャンのことを取り留めもなく調べていると、病により50代で亡くなっている人がけっこう多いことに気付く。


医学の進歩により人間の平均寿命は延びているものの、自分が50歳を超えて感じているのは「人間(ホモ・サピエンス)という生物の本来の寿命は元々50歳くらいだったのではないだろうか」ということだ。


友人・知人でも50代になると五十肩を発症する人が少なからずいる。


子供の頃、50代の人に対し持っていたイメージは初老であり、実際に自分が50代になってみると、そのイメージがあながち間違いではないことに気付く。


幸いにも筆者はまだ五十肩にはなっておらず、毎年の健康診断でも特に悪いところは見つからないのだが、40代までと顕かに異なるのは日々の疲れの残り方の酷さであり、「これは気を付けないと、いずれ大病を患うかもしれない」という不安に苛まれて仕方がない。


今回取り上げているMINK DEVILLE〔ミンク・デヴィル〕の中心人物であるWilly DeVille〔ウィリー・デヴィル〕も2009年に膵臓がんにより58歳で亡くなっている。


MINK DEVILLEの中心人物であるWilly DeVille」という書き方をしたが、実際のところ、MINK DEVILLEとはWilly DeVilleそのものである。


MINK DEVILLEは1970年代にニューヨーク・パンクの聖地だったライブ・ハウスCBGBに出演して人気を博していたため、パンク・バンドにカテゴライズされていた時期もあったようだが、どう聴いてもパンクの要素はゼロだ。


「Punk is attitude, not style(パンクはスタイルではない、姿勢だ)」というJoe Strummerジョー・ストラマー〕の名言もあるが、MINK DEVILLE、というよりもWilly DeVilleに関してはattitudeの部分でもパンクの要素は無いような気がする。


今回取り上げているMINK DEVILLEの1stアルバム「CABRETTA」を初めて聴いた時に近いなと感じたのは、パンクではなくBruce Springsteenブルース・スプリングスティーン〕やSouthside Johnny〔サウスサイド・ジョニー〕だった。


ブルース、R&B、ソウル等、1950年代から1960年代にかけての黒人音楽に深く傾倒したロックであり、願わくは配信とかではなく、レコードで聴きたいアルバムだ。


絶妙のアンサンブルで聴かせる演奏、黒人歌手に似せて歌うWilly DeVilleのヴォーカル等、丸ごと全てが心地よく聴けるアルバムである。

 

#0315) BAD COMPANY / BAD COMPANY 【1974年リリース】

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やっぱりPaul Rodgers〔ポール・ロジャース〕やな。


今回取り上げているBAD COMPANY〔バッド・カンパニー〕の1stアルバム「BAD COMPANY」を聴いて、いつも辿り着く答えがそれだ。


このアルバムに出会ったのは高1の頃(1980年代中期)だったと記憶している。


学生時代によく行っていたレコード屋の店員さん(元バンドマンで後にホテルマンになった10歳以上年上の人)が「勉強しぃ」と言って、ある日突然50枚以上のレコードを貸してくれたことがあったのだが、その中の1枚がこのアルバムだった。


このアルバムはブルース・ロック的なテイストはあるものの、メロディがキャッチーでアリーナ・ロック的なスケールの大きさがあり、いかにも1970年代の米国で売れそうな音だ。


BAD COMPANYとは、元FREE〔フリー〕のPaul Rodgers(vocals)とSimon Kirke〔サイモン・カーク〕(drums)、元MOTT THE HOOPLE〔モット・ザ・フープル〕のMick Ralphs〔ミック・ラルフス〕(guitar)、元KING CRIMSONキング・クリムゾン〕のBoz Burrell〔ボズ・バレル〕により結成された所謂スーパーグループであり、確かな技術と曲作りの上手さが際立つ1970年代における英国の名バンドだ。


筆者にとっての3大ヴォーカリストとは、SMALL FACES〔スモール・フェイセス〕~HUMBLE PIE〔ハンブル・パイ〕のSteve Marriott〔スティーヴ・マリオット〕、THE JEFF BECK GROUP〔ザ・ジェフ・ベック・グループ〕~FACES〔フェイセス〕のRod Stewart〔ロッド・スチュワート〕、そして、FREE~BAD COMPANYのPaul Rodgersなのだが、この中で最も安定感があり万人受けする上手い歌を聴かせてくれるのがPaul Rodgersだと思っている。


Mick Ralphsは「自分の書いた曲はPaul Rodgersのような人に歌ってほしかった」と言ったらしいのだが、その思いがこのアルバムでは現実のものとなり、Mick RalphsがMOTT THE HOOPLE時代に書いた"Ready for Love"もこのアルバムに収録されている。


それほどPaul Rodgersというヴォーカリストのスキルは高く、同業者からの信頼も篤い。


LED ZEPPELINレッド・ツェッペリン〕のRobert Plantロバート・プラント〕は、Jimmy Pageジミー・ペイジ〕がWHITESNAKEホワイトスネイク〕のDavid Coverdale〔デイヴィッド・カヴァデール〕と組んだ時は悪態を吐いていたが、Paul RodgersとTHE FIRM〔ザ・ファーム〕を結成した時は何も言っていなかったと記憶している。


「BAD COMPANY」というアルバムは、そんなPaul Rodgersという稀代のヴォーカリストのスキルが最も商業的成功と結びついた名盤中の名盤なのだ。

 

#0314) THIS LAST NIGHT IN SODOM / SOFT CELL 【1984年リリース】

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英国のシンセポップ・グループはデュオが多いのだが、これは偶然なのだろうか?


例えば#0304で取り上げたTHE ASSOCIATES〔ジ・アソシエイツ〕や、他にもEURYTHMICS〔ユーリズミックス〕、YAZOO〔ヤズー〕、PET SHOP BOYSペット・ショップ・ボーイズ〕、ERASURE〔イレイジャー〕、THE COMMUNARDS〔ザ・コミュナーズ〕等がいる。


もしかするとニューヨークが生んだシンセパンクの巨匠、SUICIDE〔スーサイド〕の影響も少なからずあるのかもしれない。


上に書いた英国のシンセポップ・デュオに共通して言えるのは、ある意味「アクが強い」とも言える強烈に個性的なシンガーと、マルチな才能を発揮する秀才型サウンド・クリエイターのコンビということだ。


つまり、こういう二人がコンビを組んでしまえばヴォーカル、ギター、ベース、ドラムス、キーボードといったロック・バンドのフォーマットがなくてもレコードをリリース出来てしまうということなのだろう。


もちろん、ツアーに出るとなるとミュージシャンを雇わなければならないので、その辺は少し面倒くさそうだ。


ただし、バンドを組むとなると、少なくとも常時、自分も含めて3人以上の人間関係を維持しなければならないので、そっちの方が面倒くさいのかもしない。


今回取り上げているSOFT CELL〔ソフト・セル〕も英国を代表するシンセポップ・デュオだ。


SOFT CELLと言えば、誤訳も甚だしいGloria Jones 〔グロリア・ジョーンズ〕のカヴァー"Tainted Love"(邦題「汚れなき愛」、直訳「汚れた愛」)の大ヒットが有名であり、この曲が収録されている1stアルバム「NON-STOP EROTIC CABARET」が代表作ということになるのだろう。


しかし、ロック・ファンが聴いて断然カッコ良いと感じるのは、今回取り上げている3rdアルバム「THIS LAST NIGHT IN SODOM」の方だろう。


シンセポップでありながら、このアルバムにはNEW YORK DOLLSニューヨーク・ドールズ〕やTHE STOOGES〔ザ・ストゥージズ〕に通じるロックン・ロールが感じられるのだ。


シングルのB面にはJohnny Thundersジョニー・サンダース〕のカヴァー"Born to Lose"を収録したり、再結成後のアルバム「THE BEDSIT TAPES」にはBLACK SABBATHのカヴァー"Paranoid"を収録したりしている。


あまり言われていないが、このデュオはかなりのロックン・ローラーのはずである。

 

#0313) BODY COUNT / BODY COUNT 【1992年リリース】

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1980年代の米国からはBAD BRAINS〔バッド・ブレインズ〕、FISHBONE〔フィッシュボーン〕、LIVING COLOUR〔リヴィング・カラー〕、24-7 SPYZ〔トゥエンティ・フォー・セヴン・スパイズ〕等、メンバーが黒人で構成されているロック・バンドが登場し、メディアは彼らのことをブラック・ロックと呼んでいた。


しかし、ロックとは黒人音楽のブルースから発展した音楽であり、ロック黎明期の1950年代にはChuck Berryチャック・ベリー〕、Little Richard〔リトル・リチャード〕、Bo Diddley〔ボ・ディドリー〕、Fats Dominoファッツ・ドミノ〕、Screamin' Jay Hawkins〔スクリーミン・ジェイ・ホーキンス〕等、黒人のロックン・ローラーがいて、彼等こそがロックン・ロールの始祖なのである。


なのでBAD BRAINS、FISHBONE、LIVING COLOUR、24-7 SPYZ等をブラック・ロックと呼んでいるメディアには違和感を覚えていたのだが、案の定この呼び方は定着しなかった。


そんな中、1992年にラッパー(ヒップ・ホップMC)のIce-T〔アイス・ティー〕が、メンバー全員黒人で構成されるヘヴィ・メタル・バンドBODY COUNT〔ボディ・カウント〕を率いて今回取り上げているセルフ・タイトルの1stアルバムをリリースした時は鮮烈な印象があった。


このアルバムのリリース情報は当時読んでいた洋楽雑誌で知ったのだが、直感的に「これは絶対に聴いておかなければ」と思い、試聴もせずにCDショップに買いに走った。


まぁ、これはBODY COUNTに限ったことではなく、当時は簡単に試聴などできる時代ではなかったので、CDを買うときの頼りは直感くらいしか無かったのだが。


BODY COUNTは洋楽雑誌でヘヴィ・メタルとして紹介されていたが、たぶん彼らの音はヘヴィ・メタル原理主義者が聴いて受け入れられる類のものではないだろう。


スラッシュ・メタル的なリフの鋭さや、王道ヘヴィ・メタル的な泣きのギターもあるのだが、そこにIce-Tのヴォーカルが乗ると一気にヒップ・ホップ感が増すのである。


つまりはラップ・メタルということになると思うのだが、ANTHRAXアンスラックス〕とPUBLIC ENEMYパブリック・エナミー〕がコラボした"Bring the Noise"のようなカラッとした感じはなく、暗黒感の漂うラップ・メタルとなっている。


正直なところ、BODY COUNTというバンドはアルバム1枚限りの余興的なプロジェクトだと思っていたのだが、途中3年ほど解散していた時期はあるものの、2020年の現在でも活動を続けているのはちょっと以外でもある。

 

#0312) ESCAPE / JOURNEY 【1981年リリース】

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このブログを書き始めた理由は色々とあるのだが、その一つとして自分の人生もいよいよ終盤に差し掛かってきたので、自分の聴いてきた音楽の備忘録を残そうと思ったからだ。


今回の記事は備忘録としての意味合いが強い。


ロック・ファンなら誰しも自分が初めて観たアーティストのライヴというのは思い出深いものがあるのではないだろうか。


筆者が初めて観たライヴは今回取り上げているJOURNEY〔ジャーニー〕であり、時は1982年、場所は京都会館(現・ロームシアター京都)だ。


当時の筆者は中学生になったばかりであり、少しずつロックに興味を持ち始めた頃だったが、正直なところJOURNEYというバンドのことは全く知らなかった。


筆者が生まれ育った京都という都市は日本の中でもとりわけ芸術や文化が盛んな所だと思うのだがロックに関しても例外ではない。


ライヴ・ハウスも磔磔(たくたく)や拾得(じっとく)などの老舗から新しい店舗まで数多く存在し、ロック・バンドの数も多い。


身近にはバンド・マンやロックを教えてくれるだいぶ年上のお兄さんお姉さんも多く、そんな彼等彼女等に連れて行ってもらったのが京都会館で行われたJOURNEYのライヴだった。


けして良い席ではなく、JOURNEYの予備知識もないまま観たライヴだったのだが、とにかくSteve Perry〔スティーヴ・ペリー〕の歌の上手さに度肝を抜かれたことを鮮明に記憶している。


当時の筆者には演奏の上手い下手はまだ分からなかったのだが(もちろんJOURNEYは極めて演奏の上手いバンドだ)、Steve Perryの歌の上手さだけは明確に分かったのである。


とにかく、現在に至るまで生で聴いたロック・シンガーの中でダントツに上手いのがSteve Perryであり、プロのロック・バンドのシンガーとは、ここまで歌が上手い人でなければ務まらないのかと思った記憶がある。


その後、プロのロック・バンドのシンガーでも「上手い」ではなく「個性」や「味」で聴かせる人がいることも知ったのだが。


今回取り上げているJOURNEYの7thアルバム「ESCAPE」は、ライヴを観た後に知り合いのお兄さんからカセット・テープに録音してもらい、擦り切れるほど聴いた懐かしい1枚だ。


筆者にとっては、このアルバムこそがアメリカン・プログレ・ハードの神髄なのである。