筆者がロックを聴き始めたのは1980年代前半からなのだが、この時期は米国よりも英国のバンドの方が積極的に日本に紹介されていた。
1980年代前半の英国は、1970年代後半から始まったパンク・ムーヴメントが既に終息し、パンクの影響を受けてバンド活動を始めたニュー・ウェーヴ系のバンドが続々と登場していた時期だ。
そして、ニュー・ウェーヴ系のバンドに最も大きな影響を与えた英国のアーティストと言えば、間違いなく、David Bowie〔デヴィッド・ボウイ〕と、今回取り上げたROXY MUSIC〔ロキシー・ミュージック〕のBryan Ferry〔ブライアン・フェリー〕だろう。
「貴方にとって、完璧なバンドは?」と、問われたら、筆者は迷うことなくROXY MUSICと答える。
ROXY MUSICは8枚のスタジオ・アルバムをリリースしているが、筆者にとって駄作と思えるようなアルバムは1枚も無い。
さらに言えば、8枚のスタジオ・アルバムに収録されている楽曲およびアルバム未収録のシングルの中にも、駄作と思えるような曲は1曲もない。
ROXY MUSICの活動期間は1971年から1983年までなので、かなり古いバンドなのだが、今聴いても全く古さを感じさせないどころか、聴く度に新しい刺激を得られることに驚かされる。
全てのアルバムが名作なので、どれを取り上げようか迷ったのだが、「STRANDED」を取り上げることにした。
「STRANDED」は、1973年にリリースされた3rdアルバムであり、前作の「FOR YOUR PLEASURE」を最後に脱退したBrian Eno〔ブライアン・イーノ〕に変わり、元CURVED AIR〔カーヴド・エア〕のEddie Jobson〔エディ・ジョブソン〕が加入して制作された最初のアルバムである。
そもそも、1stアルバム「ROXY MUSIC」と2ndアルバム「FOR YOUR PLEASURE」の全ての収録曲は、Ferryによって書かれ、Ferryによって歌われているので、メンバーが一人変わったくらい、大したことではないようにも思える。
しかし、ROXY MUSICにとって、Enoの脱退というのは大きかったのである。
曲を書いて歌っているのはFerryだが、シンセサイザーやテープを使ってROXY MUSICの曲にアヴァンギャルドな効果を与えているのはEnoだという認識が、当時のリスナーや評論家にはあったらしい。
さらに、ライヴ・パフォーマンスでも、FerryよりEnoの方に若い女の子の人気が集中していたらしい。
実は、Enoの脱退は自主的なものではなく、Enoに嫉妬したFerryがEnoをクビにしたというのが、Eno脱退の真相らしい。
「STRANDED」は、人気者のEnoを失ったROXY MUSICが初めて全英1位を獲得したアルバムであり、Eno無しでもROXY MUSICがやっていけることを証明できたアルバムだ。
しかし、この「STRANDED」、ROXY MUSICのアルバムの中では割と地味な存在でもある。
ROXY MUSICのアルバムの中から「この一枚」を選ぶ時に「STRANDED」を選ぶ人は少ないような気がする。
普通は、最高傑作とされている8thアルバムにしてラスト・アルバムの「AVALON」を選ぶのが常識だ。
しかし、筆者は、この「STRANDED」というアルバムから滲み出るFerryの美意識に強く惹かれる。
「STRANDED」では、前作までのアヴァンギャルドな要素は薄くなり、Ferryが元々持っていた耽美的な欧州浪漫主義が前面に出てきている。
新加入したEddie Jobsonがシンセサイザーやキーボード、ヴァイオリンを駆使して、Ferryのアイデアを具体化するにあたり、大いに貢献しているのも聴きどころだ。
次作以降、Ferryはこの路線を推し進めていくことになり、最終的な着地点として、最高傑作の「AVALON」に辿り着く。