1970年代に名盤と言われるアルバムを数多く制作していたアーティストが1980年代になってMTVを意識すると、どうにも今一つ刺激の無いアルバムを制作してしまうことがある。
例えば、筆者にとってのそれはDavid Bowie〔デヴィッド・ボウイ〕だったりStevie Wonder〔スティーヴィー・ワンダー〕だったりするのだが、英国のプログレッシヴ・ロック・バンドYES〔イエス〕もそんなアーティストの一つである。
筆者が洋楽初心者の頃、1983年にリリースされたYESのアルバム「90125」が大ヒットしており、同アルバム収録のシングル"Owner Of A Lonely Heart"を色々な洋楽番組で耳にすることも多かったのだが、同時代に英国から登場してきたポストパンクの若手アーティストの音と比べると、どうにも刺激の無いポップ・ソングに聴こえて仕方がなかった。
ただし、洋楽雑誌で過去の名盤特集的な記事があると、4thアルバム「FRAGILE」か5thアルバム「CLOSE TO THE EDGE」のどちらかが必ず掲載されていたバンドなので、これらのアルバムをいつかは聴きたと思っていた。
聴く機会はその数年後、高校生になってアルバイトを始めてから訪れた。
アルバイト先で出会った2歳年上でプログレッシヴ・ロックへの造詣が深いU君が(正確に言うと彼の兄が)、今回取り上げた「CLOSE TO THE EDGE」を貸してくれたのだ。
このアルバムを手に取って驚いたのは収録曲の少なさである。
全三曲。
A面が"Close to the Edge"一曲のみ、B面が"And You And I"と"Siberian Khatru"の二曲のみなのだが、この三曲の濃さが凄かった。
耳から入ってきて体に浸透していく音の濃さが"Owner Of A Lonely Heart"と桁違いだったのである。
楽器担当メンバーの超絶的な演奏技術も当然のことながら聴きどころなのだが、YESの醍醐味はJon Anderson〔ジョン・アンダーソン〕の天空を駆け巡るようなヴォーカルだろう。
神々しくも美しいハイトーン・ヴォイスで歌われる彼のヴォーカル無しではYESというバンドの音楽は成立しないはずだ。
筆者はこのアルバムを聴いて、バンドのシンガー、特に楽器を持たないシンガーは、声そのものに魅力が無いと成立し得ないことを知ることが出来たのである。